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『ジェイン・オースティンの思い出』
J・E・オースティン=リー 中野康司訳 [21日刊]
E・M・フォースターは『小説の諸相』を書くほどの読み巧者であるが、そのかれがこう告白している。
- 「私はジェイン・オースティンのファンで、彼女のことになると少々だらしがなくなる……彼女は特別の存在である。彼女はわが最愛の作家! 私は口をだらしなく開け、知性には蓋をして、くりかえしくりかえし彼女の作品を読む。無限の満足感に浸り……そのあいだ批評精神はまどろんでいる」(北條文緒訳)
これがたぶん最良の読み方であろう。しかし、いつの時代にもお節介な読者はいる。摂政皇太子殿下の図書係を務めるクラーク氏はオースティンのファンで、彼女に手紙でこう頼み込んだ――「牧師の生活と人柄と情熱」または「ドイツのコーブルク家を題材とした歴史小説」を書いていただけないか?
「私は虚栄心の強い人間なので、誉められすぎだとは思いたくない」と、オースティンはまず殿下への献呈の件をよろこび、ついで彼女ならではのユーモアと皮肉を交えて自らの小説観を述べる。絞首刑にならないかぎり、その種の小説には手を出さないという、じつに面白い断わりの返信はぜひ本書をお読みいただきたい。
オースティンは伝記的資料の少ない作家で、本書は第一に読むべき貴重な回想記である。しかし、それと同じくらいにありがたいのは著者のオ-スティン=リーが敬愛する叔母に見合う「皮肉とユーモア」をもって、この思い出を書いていることであろう。
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