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フランソワ・チェン『ティエンイの物語』
辻由美訳
小説というのは、まことに自在な器で、入れようとすれば、どんなものでも入れられる。すぐに役立つわけではないから、目先の利益をもとめる人にはまだるっこしい。しかし、楽しみながら知識を身につけたり、感情の追体験をすることで人間の奥深さを学んだりするためには、今でもじゅうぶんに機能できるジャンルである。
長編小説『ティエンイの物語』のプロットは、ほとんど韓流ドラマである。語り手で主人公のティエンイは画家、少年の彼が出会い生涯にわたって「愛する人」となるユーメイは女優、高校で知り合って親友になるハオランは詩人。運命で結ばれた三人は、日中戦争や革命で揺れ動く中国の各地で、離れたり再会したり、波乱万丈の人生を送る。ハラハラ、ドキドキ。
しかし、たとえばこの小説には、戦時下の若者たちがどれほど熱心に外国文学を読んだか記されている箇所がある。卓越した二人の翻訳家、傅雷(フーレイ)と盛澄華(ション・チョンファ)によって中国語になったロマン・ロランとアンドレ・ジッドの文学は、とりわけよく読まれた。
「わたしたちの同伴者は、ジャン=クリストフであり、プロメテであり、放蕩息子だった。わたしたちは『地の糧』を糧とした。作品はわたしたちに直接話しかけてきた。ドイツ、フランス、イタリアという三つの文化をとおして自己形成をこころみるジャン=クリストフの波乱に満ちた物語は、そこで生じるさまざまな出来事とともに、わたしたちすべてが変身を渇望していた時代に、わたしたちを鼓舞したのである。」(本書より)
そしてこの傅雷は『君よ、弦外の音を聞け』(樹花舎)に収められた、父からピアニストの息子傅聡(フーツォン)に宛てた手紙にあるとおり、後に文化大革命の犠牲者となり夫妻で心中する。盛澄華も、強制労働のあげく水田に倒れて死ぬ。
先月亡くなった小尾俊人氏の追悼文には、みすず書房の『ロマン・ロラン全集』が掲げられていた。ときおり年輩の方にお目にかかると、若い頃にはロマン・ロランを夢中になって読んだものですとおっしゃる。ジッドも多くの読者の心をつかんだ作家だった。中国の青年と同様に、日本の若者もまた、西欧の文学や音楽に胸を熱くした時代があったのだ。
中国と日本。西洋と東洋。歴史と人生。革命前に故国を去って、辛苦の末にフランスに帰化したフランソワ・チェンが、70歳を前にしてフランス語で初めて書いた小説『ティエンイの物語』は、さまざまな読み方のできる作品である。広くおすすめしたい。
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