みすず書房

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J・K・ザヴォドニー『消えた将校たち』

カチンの森虐殺事件 中野五郎・朝倉和子訳 根岸隆夫解説 [18日刊]

1960年代初頭、いわば傍証だけでソ連犯行説を固め、いまももっとも多く引用されカチンに関する研究の出発点として重要でありつづける稀有な書。研究を総括して書かれたザスラフスキー『カチンの森』とは相互補完的な位置にある。12月18日刊。

いまだ終わらない「カチン」


ポーランド指導階級(将校を含む)の2万2000人以上を、ソ連が密かに虐殺し、ポーランドという国を抹消しようとしたのは1940年春。
ドイツ軍が偶然、一部の遺体を発見したのは1943年2月。
ドイツはすぐに調査を開始し、連合国側の攪乱をはかるために、ソ連の犯行であるとベルリン放送で発表。
これに対し、ソ連は、逆にドイツ犯行説を主張する。
一方、米国と英国は、連合国の結束を優先して、ソ連の主張を黙認。
それ以降、ニュルンベルク裁判でも、その後も、長いあいだこの主張は覆らなかった。

決定的な一次資料であるはずの、旧ソ連の関連文書は、まだ多くが公開されていない。
ウクライナ、ベラルーシの文書も、公開のめどが立っていない。
70年以上たった今も、この事件は収束していないのだ。
そして最近も、興味ぶかい動きがあった。
本書所収の「解説」(根岸隆夫)を中心に、そのなかから二つほどご紹介したい。

◆今年(2012年)9月10日、米国の国立公文書館は、インターネットで「カチンの森虐殺事件」関係公文書の公開を開始した。2700ページあまり、文書数にして1000とも2000ともいわれる。
http://www.archives.gov/research/foreign-policy/katyn-massacre/

この公開が実現したのは、二人の下院議員が2011年に、オバマ大統領に要請したからだという。二人はポーランド系アメリカ人を選挙基盤にしていた。
そしてポーランド系アメリカ人は、伝統的に民主党支持者が多い。

今後、膨大な文書が研究者によって読まれ、分析されるまでには、時間がかかるだろう。
しかしこれらによって、かつてルーズヴェルト政権が、事件の発覚後も、そして戦後も長期にわたって、ソ連の犯行を隠蔽してきたことが実証されるだろうから、その意義は大きい。
すでに判明した新しい情報もあるようだ。チャーチルからルーズヴェルト宛の文書も含まれているという。

文書公開にさいして、カチンの森犠牲者家族会会長のサルシュ・スカプスカさんは、「連合国[米英]は真相を正確に知っていたが、戦況に不都合と判断して無視した」とのべたという。

◆2012年9月、キエフ郊外ビケヴニャの森で殺戮されたポーランド将校の追悼碑除幕式があったと報じられた。いまだに新しい追悼碑が建つのだ。
ポーランドの考古学者がこの森で2001年から、キエフの秘密警察NKVDの処刑記録文書を手掛かりに発掘に着手し、5,400点の軍服、革長靴、その他の遺留品から2,000人の遺体を突きとめたという。

カチン事件はいつまで、大国のエゴと国益が最優先される、象徴的な事件のひとつでありつづけるのだろうか。



(カバー写真は軍服のボタン。カチン博物館所蔵)


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