みすず書房

トピックス

細川周平『日系ブラジル移民文学』全2巻

日本語の長い旅 I[歴史] II[評論]【完結】

「ブラジルでは日本語は空気のように自明の存在ではない。これは移民の読み書き話す営みにとって決定的だ。移民の母国語はポルトガル語社会のなかで孤立し、あまり子どもに伝わらず、日本語社会は収縮し、高齢化している。移住前には「国語」だったものが、ここでは「母国語」と意識される。外からは「民族語」と分類される。その分、日本語使用者の結束は高まり、その唯一読み書き自由な言語に頼る度合いは高くなる。ブラジルの日本語文学の独自性はここにある。この言語的・世代的な孤立のなかで、文化的な防衛が日本語文学の存在の基盤を成したことは否定できない。母国語社会の絶対的周辺性のなかで、移民は読み、書いた。

[思いの強い者は]ただ日本語で暮らすだけでなく、その言葉で「文学する」ことに生きがいを見出している。収入こそもたらさなかったが、[創作に]趣味に留まらないほど身を捧げた。日本語に実用よりも、表現の言葉として執着した。「捨てきれぬ」言葉との強迫的ともいえる一体感は、文学活動に支えられたことと切り離せないだろう。……」
(第II巻「序」より)

著者のライフワーク、日系ブラジル文化研究の集大成が遂に完成した。長期取材の結晶、全編書き下ろし。文化史、移民研究、文学研究に携わる人はもちろん、小説、詩、俳句、短歌、川柳と個別に文芸に関心のある人に送りたい書物である。

第I巻は、日系移民文芸百年の歴史をたどる。小説、詩、俳句、短歌、川柳とジャンル別に生存の足跡を追った、言葉をめぐる移民の文化史である。日系移民社会の全体像をみごとに浮かび上がらせており、書き手の人物像、生き方、異色の作品紹介など博学多才の筆致で、読みどころ満載だ。

第II巻では、概念、同人誌、題材、作品、人物に個別にあたり、表現に込められた思い、そして生のかたちを考察する。様々な〈切実さ〉に駆られ、創作に時間と思いを捧げた日系移民たちは、そこに何を込め、いかなる報いを求めたのか。初めて著される日系移民文芸の本格評論となっている。

各巻、写真・図版約150点を収録。二巻全体にわたる資料として、詳細な作品一覧(内容紹介を含む)、文学賞一覧、文学年表を、第I巻巻末に付す。

前著『遠きにありてつくるもの――日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』(2008年小社刊、第60回読売文学賞[研究・翻訳賞]受賞作)を継ぐ、日系ブラジル文化研究がようやくここに完結。




その他のトピックス