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マラテール『生命起源論の科学哲学』

創発か、還元的説明か 佐藤直樹訳

生命とは何か、生物は無生物とどこが違うのかを考えるとき、二通りの考え方がある。生命現象はすべて物理・化学的原理によって説明できるというのが還元論、説明できないと考えるのが創発論である。 生命はどのように地球上に出現したのか。いつか物理・化学的原理で説明可能になるのか。人類最大の謎に答える道筋を提示したフランス科学哲学の最前線。

著者Christophe Malaterre

著者は2009年度学士院奨学金賞とパリ大学総局賞文系部門をダブル受賞し、2012年秋よりモントリオール大学教授。 訳者は植物ゲノム・生命科学・生物情報解析などを専門とする生物学者(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系教授)であり、その行きとどいた内容理解をもって本書の正確でわかりやすい翻訳となった。

目次は下にご紹介するが、各章でどのようなことが語られるか、まずざっと要約してお知らせしたい。

第一章 生命とそのさまざまな起源論

生命の起源を考えるとき、歴史的に何が起きたのかと、物理・化学的にどうすれば生命ができるのかという二つの観点がある。生命の二通りの定義の仕方を紹介する。一つは、生物の性質を列挙するリスト形式、もうひとつは、機能モデルによる定義である。

第二章 生命のさまざまな起源論──歴史的にみた問題点

35億年前に生命が誕生したときの、地球史的な事実を検証する。微化石の実体、当時の環境など、さまざまなデータはどれも不確実である。また、現存する生物に共通する性質から、共通祖先の性質を推測することも同様である。

第三章 生命のさまざまな起源論──物理・化学的にみた問題点

どのようにすれば生命が作れるのかという物理・化学的な研究について検証する。有機物質が作られる化学進化は、ミラーの実験以来、かなりよくわかっているが、高分子の機能分子ができ、自己組織化系ができるところは、まだはっきりとわからない。

第四章 創発概念の発展の核心をなす生命

創発という哲学概念は、19世紀から20世紀にかけて発展したもので、生気論と機械論の対立に代わって生命を説明するために作られた。1990年代からの複雑系物理学や2000年以降のシステム生物学など、現在、新たな見地から「創発」が見直されている。

第五章 さまざまな形をとる創発

「創発」の意味は、注目する現象が突然出現することであり、認識論的な面と存在論的な面がある。ここでは、代表的な三通りの定義(ブロード、論理実証主義、機能説明的な非還元論)を取り上げる。

第六章 創発と説明

「なぜ」という質問にどのように答えるのかを定式化したファン・フラーセンの「実用主義的なモデル」を用いて、水の性質が創発であるかという問題を検討する。

第七章 実用主義的な創発

創発という判断をするための条件として、第一に、対照をなす命題クラスを定義し、それと対比する形で命題を再定式化する必要がある。第二に、還元的な説明ができないことである。水の透明性の説明について検討する。

第八章 われわれの知識の現状に即して考える生命の創発性の是非

生命出現には「この道筋を通って生命が誕生した」という歴史的文脈と、「無生物から生物への移行がどのようなしくみでおきたのか」という物理・化学的文脈がある。前者は定式化の段階で挫折するため、答は今のところなく、後者は、現在の知識の範囲では、還元的な説明ができないので、創発と言うほかない。

第九章 生命は将来いつまでも創発的であるのか──前生物的な化学的過程と化学進化の検討

生命出現の問題が、科学的知識の進歩と無関係に、絶対的に創発であると断定することは難しい。生命出現に関わる現象を三段階に分け、前生物的な化学的過程と化学進化について検討する。その結果、これらは、未来永劫、創発でありつづけると考えなくてもよい。

第十章 生命は将来もいつも創発的であるのか──前生物的な自己組織化の検討

自己組織化には、構造的なものと機能的なものがある。両者とも、検討の結果、還元的な説明が可能であるという見通しがたった。したがって、未来永劫、還元的な説明ができないわけではない。

結論

生命の出現は、科学が進歩すればきっと還元的に説明できるようになり、創発と考えなくてよくなると考えられる。




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