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2019.08.26トピックス

イタリア精神病院廃絶の中心となった医師の思想。編者による「緒言」を転載

『現実のユートピア――フランコ・バザーリア著作集』 F・O・バザーリア編 梶原徹訳

イタリア精神医療改革の父と呼ばれ、公立精神病院廃絶の中心人物となった精神科医フランコ・バザーリアの思想の全容。編者による「緒言」を以下でお読みになれます。

緒言

――衛兵が眠れば王も眠る

精神病院(マニコミオ)における活動や科学と政治に関する日常のおしゃべりの中で、ある日、フランコ・バザーリアはきっぱりと次のように語った。「衛兵が眠れば王も眠る」。そのときには彼の挑発的逆説の一つにすぎないと思い、その意味がすぐにははっきりわからなかったことを覚えている。(この議論に戻ることはなかったが)しばらくしてから、実際にこの逆説が、支配の論理を変えようとする議論の基本的な中核にあることに私は気がついた。なぜならこの議論は可能な多様性を前もって示して転覆することであったからである。

王はすべてが静まれば眠ることができる。すなわち、王の統治は、他人に対して専横的になることではなく、共同目的のために闘う人々の繋がりによる共同体を作り、これを保証することである。初めに、王は彼の統治下の中でのみ万物を交換せざるを得ず、起きている衛兵に感謝しながら眠りつづける事実に悩むか、あるいはまったく眠れなくなるかを、これは意味している。
したがって、彼の臣下であるだけではなく転覆のための闘いの同志であり実のところ社会生活の論理そのものであった人々との関係と王の役割とによって、変革は王自身によって始められる。

この著作集の論文選択は、一人の人間の生涯をかけた事業における理論実践上の発展経過に基づいて行われた。
初期の論文は二重の意義を持っている。一つは(当時のまたは現在の医学のように)支配的な実証主義的解釈に対置しながら疾病問題に向き合うものである。もう一つは精神医学における主体それ自体に対する研究の発展を追跡するものである。これは、図式的な解釈モデルの拒絶と、最終的には否定された主体性の研究とを同時に開始することである。したがって、これらは精神疾患に対する閉鎖的な解釈図式すべてを「括弧に入れること」によって見えてきた多様な精神病理表現の現象学的分析である。

こうした現象学的解釈そのものの中で、不公平性がある行動をとるように強いられ、「義務づけられた」初めの歩みは、精神病院に入れられた病人と出会うことからはじまる。また、それは、収容所で実際に行われた暴力と、治療のために収容された人がそこに廃棄されていることへの拒否と同時に、すべての規則と解釈を飛び越えさせる出会いである。したがって、精神病院は「狂気の家la casa della follia」ではないが、狂気の中に混合された悲しみの隠れ家であり、より困窮し世間に曝された階級に属する混乱した人々を社会から排除している、偏見と社会経済状況に結びついた状況の結果である。これらは、技術的、専門的な具体的な議論のすべてから抜け出ることを必要にさせる。それは、病人に対する排除と自動的排除行為、すなわち、拘禁、拘禁の「抑圧的」本質を構成している変数すべての政治的分析を含みこむためである。
精神病院の生活を自由にするプロセスと都市との関係を繋げていくプロセスは、精神病院施設が階級差別を持っていた証拠と、技術的・専門的活動に暗黙のうちに組み込まれた政治・社会的特徴を明らかにした。都市においては、当時話題にも上らなかった迷惑な人々の存在による社会の悲惨さを受け入れるという、自由なゆとりの有無の問題が見えてきた。これは精神病院の開放化に伴った告訴という活動によって「発見された」。

だからこそ、この議論はイデオロギーに対する批判と闘いに拡がり、こうした批判と闘いは、望まれている慣習に適応するように表現される現象とは異なった現象になった。差別と支配のプロセスに使用する道具として技術を利用することで均衡を取っている解釈と能力を、多くの分野で調べて、知識人と技術者の実践上の役割を検討すれば、こうした結果になるだろう。

この最後のモチーフについては、私は論文「混乱した行為」〔第17章〕を入れることに決めた。この論文はイタリアではまだ発表されておらず、『プレアデス百科辞典』からの依頼で書かれたが、まだ出版されていないために、『バザーリア全集』第2巻(1982)にもいれることができなかった。原稿は1978年に手渡してあったが、私たちのこの論文の出版はジャン・ピアジェの死によって延期され、そしてわずか後の1980年にフランコ・バザーリアは亡くなった。この論文は1987年になってようやくピアジェ、ムノー、ブロンカールが編集していた『心理学Psychologie』誌に掲載された。私はこの論文を効果的に発表しようと思った。なぜならば、この論文は精神医学の基盤を長期にわたって変えてきた臨床実践の意味を評価した理論の概要であり、医学にも人間科学にも拡大できる内容であるからである。こうしたことから、これによって実証主義的文化の中で失われた主体性に関する最初の研究が示した臨床実践上の理論的到達点を知ることができるだろう。

私はこの著作集への緒言を冒頭のフランコ自身の言葉で締めくくる。この言葉は、これからの困難と危機を予測してその収支バランスを記述し、またイタリア医療改革法の承認とともに始まった新たな時代においても潜在力を持つことを示している。

2004年12月 ヴェネツィア

フランカ・オンガロ・バザーリア
〔梶原徹訳〕

(著作権者の許諾を得てウェブ転載しています。なお
転載にあたり読みやすいよう行のあきを加えました)




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