2013.08.26
オットー・ランク『出生外傷』
細澤仁・安立奈歩・大塚紳一郎訳
〈大人の本棚〉
2013.08.12
著者の画家・渡辺隆次さんは、来年で75歳。当世、お年寄りとも言えない年齢である。ご本人は寄る年波などとおっしゃるが、八ヶ岳山麓のアトリエ(住居)から、中年を過ぎて取得した運転免許でクルマを飛ばして(その前はバイクで林道を制覇)、高原を登ったり下ったり。週に一度はリゾートホテルの室内プールに通い、クロールで1キロを泳ぐ。こう書くとなんだか、悠々自適の芸術家のように聞こえるだろう。
たしかに、うらやましい。でも失礼ながら、いつまでも若々しい素敵なオジサマというのとは違う。本書を読まれる方には感じられるとおり、渡辺隆次さんという人物には、そんなステレオタイプを拒絶する、類まれな肌触りを持っておられるのである。お目にかかると、表情に独特の含羞の魅力があり、お声を聞くと(電話でもラジオでも)まことに心に沁みる。その感触、とうてい私には言い当てられないので、旧著『きのこの絵本』(ちくま文庫)の解説から、故種村季弘氏の言葉を引かせていただきたい。
「渡辺さんは、ある種のサヴァイバル主義者のようになまじ農村の生産生活に肩入れしようともせず、そうかといって都会の消費生活にノスタルジーを感じているのでもない。じつにきれいさっぱり、そのどちらとも無縁に、居候生活をちゃっかり全うすることを心掛けて日々おこたることがない。」
エッセイ『山里に描き暮らす』には、さまざまな読み方があるだろう。まず、戦後の歴史を一人の人生から眺めるという興味。つぎに、里山観察的に動植物の様子を知るという楽しみ。そして、芸術という「余計」でありながらまことに大切な何かを感じる喜び。その他、その他。
他の本と並行していても、本書の編集作業をするときには、最近あまりない穏やかな時間を味わうことができた。原稿は郵送されてくる。電話は午後の決まった時間で、それも急ぎの用だけ。ふだんの遣り取りは手書きのファクス通信のみで、ワープロもメールもケータイも無し。かつては当たり前だった著者と出版社の関係が、なつかしいものになっているのに気がついた。そちらも暑いですか? 大雨のようですが? がんばってください。よろしくおねがいします。こういうお互いの言葉が、肉声を伴って行き来するのは、なかなかよいものであった。いま渡辺さんは、新潟で秋に開かれる個展に向けて絵を描いておられるはずである。猛暑のさなかに書店に並ぶ本書も、画業とともに秋の実りを迎えますように。
[終了しました]10月に、個展とイベントが新潟市内で開かれます。
2013.08.26
細澤仁・安立奈歩・大塚紳一郎訳
2013.08.12