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2019.04.08トピックス

「序文」より抜粋掲載。『心理学の7つの大罪』

クリス・チェインバーズ『心理学の7つの大罪――真の科学であるために私たちがすべきこと』大塚紳一郎訳

心理学は「科学」なのか?
それとも、錬金術や骨相学のような時代遅れの技術なのか?
改革の旗手が描く、心理学のあるべき未来。

序文(抄)

クリス・チェインバーズ

大塚紳一郎 訳

本書は心理科学の現行の文化にまつわる、私の個人的かつ深い不満としか言いようのないものから生まれた。私はずっと、自分たちの専門的文化は城だと思ってきた――私たちの祖先が大昔に築いた、努力の殿堂だと。あらゆる家屋と同様に、それには定期的な手入れと注意が必要だ。ところが私たちは先に進むにつれて、それを修理するのではなく、それが荒廃していくのを許してしまった。窓は汚れ、曇っている。屋根は水漏れしていて、そう長くは雨を防ぐことができないだろう。地下牢には怪物が住んでいる。

多くの問題があるにもかかわらず、この城は私を大いに助けてくれた。城は若き研究者としての見習い期間を通じて私を守り、いまこうして改修の必要性を包み隠さず話すことのできる地位にまで、私を進歩させてくれた。改修だと強調するのは、私たちの本拠地を壊してやり直すということを提案しているわけではないからだ。心理学の基礎は確固としたものであり、心理学の領域には誇るべき発見の遺産がある。私たちの創設者たち――ヘルムホルツ、ヴント、ジェイムズ――は持続すべきものとしてそれを築いたのだ。

それでも私は心理学、およびそのいとこである認知神経科学の中で15年を過ごした後、不安を抱かせる結論に至ってしまった。もしも私たちがいまのまま続けていったなら、心理学は尊敬に足る科学としては先細りし、そして消滅する可能性が非常に高いだろう、と。もしもいま私たちが警告の印を無視してしまったなら、100年以内に、あるいはそれよりも早く、心理学は古臭い学問趣味の長い一覧の中の1つと見なされることになるかもしれない。ちょうど私たちがいま錬金術や骨相学のことをそう見るのと同じように。私たちの子孫はこの些細な学術的遺物に寛大な微笑みを見せ、かつて心理学であったこの科学の前駆形態について賢しげにうなずき合い、私たちが「期限切れ」に屈したのだと結論することになるだろう。もちろん、歴史の判断に持ちこたえることのできる科学は少ない。しかし、心理学がもっとも厳しい判断を下されることになるのは、私たちの発見ではなく、私たちの研究実践によってなのだ。その判断とはこのようなものになるだろう。他の多くの「ソフト」サイエンスと同様に、私たちは科学の「見せかけ」を科学の「実践」の適切な代用品と見なす、文化の罠に嵌ってしまったのだ、と。

本書では、この歪みがいかに科学者としての私たちの職業生活の多くの側面に浸透してしまっているかを示していくことにしよう。この旅は随所で厳しいものとなるだろう。7つの大罪を隠喩として用いて、私は次の点について説明を試みるつもりだ。いかに野放しのバイアスが、自分たちが見たいと望むものを見るように私たちを欺いているか。いかに私たちが科学的方法の根本的原則に背を向けているか。いかに私たちが獲得されたデータを公的資源としてではなく、私有物として扱っているか。いかに私たちが心理学の世界のもっとも立場の弱い人々に学術上の詐欺行為が筆舌に尽くしがたい損害を引き起こすのを許しているか。いかに私たちが時代遅れの研究発表の形式によって公的資源を浪費しているか。そして科学や科学者の価値の査定において、いかに私たちがでたらめな数字での表面的な評価に専門的判断を委ねてきたか。本当の理解を追い求める中で、私たちは怯むことなくこうした過ちを認識し、それらを絶えず正していくべきなのだという納得が得られれば幸いである。

それぞれの章、および別個の最終章において、私はさまざまな変革を推奨するつもりだ。変革は透明性と再現可能性という、科学の2つの中核的側面を強調するものである。21世紀以降を生き抜くためには、隠し事と脆さの多い私たちの文化を真にオープンで厳密な科学に変化させなければならない――刷新を評価するのと同じくらいオープン性を賞賛し、目新しさと同じくらい頑健性を讃えるものに。古いやり方はもはや目的にかなわないということを認識し、新たな道のりを見つけなければならないのだ。

(著作権者の許諾を得て抜粋転載しています。なお、
転載にあたり読みやすいよう行のあきを加えました)

「トピックス」より




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