みすず書房

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W・J・バウズマ『ルネサンスの秋』

1550‐1640 澤井繁男訳

ヨーロッパ・ルネサンスと言っても、期間も範囲もあまりに広く、その全体を活写するなど並大抵のことではなく、仮にそのような本があっても、無味乾燥で古典として残るものにはならないだろう。あのブルクハルトの本でも、『イタリア・ルネサンスの文化』という限定的な表題であり、本書の著者バウズマも、ブルクハルトの書は「近代ヨーロッパ初期の一般的特徴の一部を説明するのが目的」だったと述べている。

ホイジンガ『中世の秋』を意識してタイトルの付けられた本書『ルネサンスの秋』(原題もおなじ)は、1550‐1640年の90年間を扱い、最盛期の過ぎたイタリア・ルネサンス文化に代わり、主にアルプス以北に花開いたルネサンス文化のあり方の中に、最盛と反動と衰退の三つ巴の構造を発見し、終末を迎えるルネサンス文化の最後の栄光の光が近代初期の光と重なっていく姿を写し取ろうとするものである。宗教改革や新大陸発見、活字文化の誕生や科学技術の進展の最初期の受容が落ち着いたとき、そこにどのようなことが起こるのか。

そういう意味で本書は、16‐17世紀の90年間という限定的な期間を扱うとはいえ、芸術や哲学、科学など個別的な事柄ではなく、国家や宗教から人のこころのあり方までの全体を扱った、驚くべき構想と博識で成った稀有な本である。

構成が面白い。目次は次のようになっている。
「1 ヨーロッパの文化的共同体/2 「自己」の解放/3 「知識」の解放/4 「時間」の解放/5 「空間」の解放/6 「政治」の解放/7 「宗教」の解放/8 「時代」の悪化/9 ルネサンス期の「演劇」と「私」の危機/10 文化的秩序に向かって/11 再編された「自己」/12 確実さの探求――懐疑論から客観知へ/13 歴史意識の衰退/14 社会的・統治的秩序/15 宗教的秩序/16 芸術的秩序」
「訳者あとがき」によれば、1‐7章が第一グループで、そこでは「解放」という言葉からもわかるように、最盛期を迎える「自由」の雰囲気、ポジが扱われる。14‐16章が第三グループで、その自由の中から混乱が起こり、いかに反動的ともいえる秩序が必要になったかを描き、その間の8‐13章の第二グループは、なぜ反動が生じたかを説明する場に充てられている。つまりは、同時期に起こったことの三つ巴の諸相をこのように再構成しているわけである。そしてこの三つの相のそれぞれの事例に対応した言葉を、本書のあちこちで、モンテーニュ、ボダン、ホッブズはじめ、当時の知識人に語らせている。

扱っているジャンルも広く大著でもあり、全体を読みとおすのはけっこうきついだろう。たとえば「索引」にある「モンテーニュ」から本文を引いて、その言葉をすべて読むだけでも、著者の意図と時代を知るひとつの読み方かもしれない。




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