みすず書房

A・ゴードン『ミシンと日本の近代』

消費者の創出  大島かおり訳

2013.07.25

1950年代、日本の都市部に住む既婚女性は、毎日2時間から3時間も縫いものをしていたという。著者はあるとき、この数字に出会ってびっくりし、それがきっかけになって、ミシンというモノに興味を持った。

ということは、今でも日本では無数の人が、「母親」や「祖母」の足踏みミシンを、それも多くはおそらくシンガー社のミシンを、記憶しているのだ。事実、著者は本を書く準備の段階で、このテーマでトークをするたびに、日本の聴衆の予想外の反応に驚いた。ミシンの話は、この時代を生きてきた人々に「格別の感情の共鳴」を惹き起こすのだ。

たとえば、「ミシンの歴史を、思わず、自分自身の歴史であるかのように受け取ってしまいました。私の母は、時には徹夜もしながら、洋裁の内職をして家計を助けていました」という感想。またある人は、著者の講演を翌日聴くことになっていたその前夜、亡き母親がミシンの前に座っている夢を見たという(「はじめに」)。

訳者(大島かおり)も、「翻訳をしているあいだ、昔の記憶があざやかに呼びさまされた」ことを、「訳者あとがき」に具体的に書いている。

さらに、小社の新刊案内、「パブリッシャーズ・レビュー」紙第一面の特集に、東京大学の吉見俊哉氏は子供の頃の記憶をつづっている(2013年夏号)。

私は小さな体を、踏み台とミシン本体のあいだに潜り込ませ、体の重心を揺らしてシーソーのように台が動くのを楽しんでいた。当時のミシンは鉄製で相当に重量感があり、体を揺らすとゆっくり機械が動く感覚が今も痕跡的に体に残っている。

ラジオやテレビよりも、冷蔵庫や掃除機よりも早く、明治初期に日本の家庭に入りはじめたミシンを軸に、20世紀の歴史をたどると、この機械に「途方もなく多彩な意味と経験がまといついて」きたことがわかる。しかも日本では、工業技術の独特の象徴になったこの機械は、ミシン(machine)というシンプルな名で定着した。

■著者来日・刊行記念トークイベント・シンポジウムなどのお知らせ

[終了しました]アンドルー・ゴードン『ミシンと日本の近代』(大島かおり訳)の刊行を記念して、2013年7月31日、東京・渋谷のMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店で、著者のトークイベントが開かれます。
8月3日には昭和女子大学主催シンポジウム「ミシンが変えた女性の暮らし――モノでみた日本の近代」が開かれます。著者の基調講演につづいて、パネリストにコシノヒロコ(ファッションデザイナー)・城谷厚司(NHK連続テレビ小説「カーネーション」プロデューサー)・吉見俊哉(東京大学教授・副学長)、コーディネーター坂東眞理子〈昭和女子大学学長。