みすず書房

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ローゼンツヴァイク『救済の星』

村岡晋一・細見和之・小須田健訳 [4月17日刊]

第一次世界大戦さなかの1918年8月22日、敗戦の気配が濃厚なバルカン戦線の塹壕のなかで、志願兵として対空砲火部隊に参加したローゼンツヴァイクは、突然、のちに『救済の星』として結実するまったく「新しい哲学」の霊感をえた。

「私は静かなひと冬を使うことができました。というのも、二、三週間ためらったのちに、一冊の本を書きはじめたからです。こう言ってよければ、私の体系。それは二週間前に突然私にあきらかになり、それ以後、私は観念のシャワーのなかにいます」(1918年9月4日、ルドルフ・エーレンベルク宛)。

そこで、戦争が壊滅状態になり、軍隊が撤退しているさなかに、ローゼンツヴァイクはあたかも恍惚状態になったかのように、みずからの着想を軍隊の郵便葉書や便箋になぐり書きして、母親と友人にそのつど郵送した。そして1918年12月に軍務を解かれるや、カッセルとベルリンで著書の執筆を続けた。

「私は8月以来ほとんど休むことなく、仕事に没頭しています。個人的あるいは政治的になにが起ころうと、私はそのとき以来まるで第二の自分といるような経験をしています。2月ごろには完成したいと思っています」(1919年1月5日、マウリク・カーン宛)。

そしてついに1919年2月16日に原稿が完成し、1921年に『救済の星』として出版されることになる。

フランツ・ローゼンツヴァイク

以上、「訳者あとがき」の一節をなぞるかたちで、『救済の星』誕生の経緯を記したが、これはウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の生成過程とほぼ同じである。完成された本のスタイルはまったく違うものの、二人の関心は言語と文法と数学にあった。この偶然の一致を個人の天才に帰するのか、時代状況との関連で読み解こうとするのかは、ルカーチ『歴史と階級意識』やハイデガー『存在と時間』など、第一次世界大戦後に続々刊行された奇跡的な書ともども、永遠のテーマかもしれない。
本書の読み方は多様だろう。ユダヤ哲学の流れでブーバー、ショーレム、ベンヤミン、レヴィナス、レオ・シュトラウスらとの関係で読解することもできれば、モノローグ言語と対話的言語のあり方を、デリダ『声と現象』、あるいはシモーヌ・ヴェーユの『神を待ち望む』と重ねながら読むこともできるかもしれない。いずれにせよ、古典の名にふさわしく、本書は陰に陽にその後の歴史に影響をあたえつづけている。

最後に。本書を手に取られた読者は、各巻の扉および巻末ページを開けてみてください。




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