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2013.05.10トピックス

『四つの小さなパン切れ』

マグダ・オランデール=ラフォン 高橋啓訳

〈アウシュヴィッツで、風が鳥の小さな羽を送ってきたことがあった。わたしはそれを別世界からの贈り物のように手 のひらのくぼみで受けた。〉

1944年、マグダはハンガリーからアウシュヴィッツに連行された。16歳だった。ハンガリーのユダヤ人は、1944年の5月から7月の間におよそ43万7000人が一挙に連行され、35万もの人々がアウシュヴィッツで殺されている。到着したばかりのマグダがふと気付くと、一緒にいた母と妹の姿が消えていた。監視人はそっけなく言った。「煙突を見ろ。みんなもう、あの中だ」。
収容所での過酷な日々、ある日瀕死の女性がマグダに合図を送ってきた。手のひらには黴びたパンの切れはし。「ほら 、これをあげる。あんたは若いんだから、ここで起こったことを証言するために生きておくれ」。マグダはパンのかけ らを受け取り、彼女の目の前で食べた。

〈わたしは偶然のほほえみに照らされた道を選んだ。その道は茨だらけで、しょっちゅう傷つけられたけれど、ちょう どいいときにたびたび日が射してきた。〉

本書は2部構成になっていて、前半の「時のみちすじ」と後半の「闇から光へ」のあいだには実に40年ちかい時が流れ ている。前半部は1977年に、移住先のフランスで発表された。すでに解放後30年が経っていた。この断章が『時のみちすじ』という小さな本 として出版されたとき、周囲の人は驚いたという。いつもほほえみをたやさない明るいマグダさんが、こんな体験をし ていたなんて。アウシュヴィッツでの過去を綴った文章は、みずみずしい感覚に満ちている。まるで16歳の「現在」が 立ち上ったかのように。
30年ちかく沈黙していた著者は、この出版をきっかけに、中高生にみずからの体験を語り伝える活動をはじめる。自分 が収容所に入れられたのと同じ年頃の若い人たちと対話をしているうちに、彼女はふたたび書き始めた。そうして書か れた「闇から光へ」が、前半部とあわせて本のかたちになったのは2012年、昨年のことである。マグダ・オランデール =ラフォンは今年86歳になった。

〈彼らの言葉、彼らの沈黙が、わたしに証言させ希望を持って生きる理由にもなっている。〉

彼女が語りかけた生徒の数は5万人をこえた。若い人たち、死んでしまった仲間たち、そして自分のために書かれた言 葉。息を吹き返し、あたらしい命を見出した言葉は、ひとつの奇跡のように、たしかな輝きを放っている。




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