みすず書房

J・ウォルドロン『ヘイト・スピーチという危害』

谷澤正嗣・川岸令和訳

2015.04.10

本書はヘイト・スピーチの問題点を明らかにし、規制と自由をめぐる議論を見渡すことのできる視座を提供する。

ほとんどの先進デモクラシー諸国でヘイト・スピーチ規制がある中で、アメリカは日本と同様、規制のない数少ない先進国である。著者ウォルドロンは規制に賛成だが、「表現の自由か、ヘイト・スピーチ規制か」という二者択一ではなく、ヘイト・スピーチ規制に反対する「強力な議論」に正面から応答することで、論点を浮かび上がらせていく。

著者は言う。ヘイト・スピーチの争点は「ヘイト」つまり憎しみにあるのではない。そうではなく、ヘイト・スピーチは標的とする人の尊厳を傷つけることを意図し、社会で安全に暮らすことを危うくするものである。それは標的にされた人のみならず社会の基盤に深刻な影響をもたらす。

この「ヘイト」に焦点を当てない考え方は、個人の思想や内面を処罰の対象にしないということにつながる。

著者はまた、ヘイト・スピーチ規制を考えるときに必ず直面しなければならない問題を論じていく。ヘイト・スピーチ規制とヘイト・クライム規制の違いは何か。ある宗教の教義や教祖への批判と信者への批判の違いは何か。法律がなくても教育によってヘイト・スピーチは消えていくのか。規制は個人の倫理的自律に対する脅威となるのか。「寛容」論争とのかかわりは。

「それらは引くことが難しい境界線である。しかし私は、このことから、その境界線を引くという立場を断念すべきであるという結論を引き出すことはしない」。

ヘイト・スピーチをめぐる議論で何が問題であるかを明らかにすることは、規制法が守ろうとするものは何かを明らかにすることでもある。規制と表現の自由との間で道を探っていく本書は、ヘイト・スピーチ規制の議論の土台になってくれるだろう。