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2016.11.09トピックス

等身大の長田弘を伝える、詩人みずから最後に編んだ自選エッセー

長田弘『幼年の色、人生の色』 [10日刊]

ボブ・ディランにノーベル賞!のニュースを聞いてもさほど驚かなかったのは、長田弘さんの「予言」に慣れていたからだろう。「いつか取るのではないですか」と、長田さんの口から聞いたのがいつのことだったのか正確には覚えていないが、2004年にアメリカでディラン自伝の第一巻と歌詞集の新版が出たときに、いよいよかという言葉を交わしたので、それより前だったのではないか。

予想の根拠は、ディラン歌詞集の初版『Lyrics:1962-1985』(1985)の版元がニューヨークのKnopf社だったことである。クノッフといえば、エズラ・パウンドやジョーン・ディディオン、最近ではハルキ・ムラカミも出している老舗文芸出版社で、ここから出したということは、ディランが「詩人」である事実を誰もが認めざるをえなくなったと言っておられた。もっとも、晶文社から『ボブ・ディラン全詩集』が出たのはそれより早く1970年代なかばであって、名編集者としての長田さんの影が差していそうだ。本国に先駆けているだけでなく、書名をLyricsでなくPoemsにしているのも、今からみるとすごい。

もちろん、予想の理由はこうした業界的なものだけではない。詩人長田弘は自分より一年半だけ年下のディランのことを、1960年代からずっと「詩人」として、それも同時代最高の詩人の一人として受け止めてきたのだった。

2014年4月7日、ゼップ・ダイバーシティ東京のディラン来日コンサートに行った私が、次の日に感想を書き送ったところ、長田さんからすぐにこんな返信があった。

メール拝読。ボブ・ディラン、いらしたのですね。
わたしは明日です。
文面から今のディランの雰囲気が伝わってきます。
わたしは武道館以来の見参です。
最近もっともメロディアスだったのはこのライブ。
まだこういうふうにも歌えるこの人のおもしろさ。明日はさて?
http://www.youtube.com/watch?v=B_nKf7BNqhA

4月9日の夜、長田さんはディランを36年ぶりでライブで見て聞いた。感想はいかにと聞いてみたいのはヤマヤマだったが、久しぶりに長い原稿を月刊誌「潮」に書いたと言われて、それが出るのを待つしかなかった。本書『幼年の色、人生の色』に収められた「二十一世紀の『草の葉』」というエッセーである。

「ぎっしりのスタンディング席で立ちっぱなしで、疲れを覚えるのも忘れて、二時間あまり。一言で言って、魅せられました。」

こんな始まりから、1978年の武道館コンサートの思い出になる。春一番の夜、雨風は下町の鉄橋のうえで電車を横転させ、竜巻で飛ばされた家まで出た。ステージでは「激しい雨が降る」と歌っているディラン。そのディランが2014年に歌った比較的近作の数曲は、いずれも大あらし、大洪水など、ほとんどが怒れる水を前にしての歌だった(と長田さんは重要な指摘をしている)。

「二十一世紀に入ってからのアメリカは、建国以来最大といわれる〇八年の中西部大洪水をはじめとする、未曾有の大洪水に毎年のように襲われています。」

ここでこのエッセーは転調する。なぜ「ライク・ア・ローリング・ストーン」に自分があれほど惹かれたのだろうか。それは、人の人生そのものが「生きるという仕事」なのだから、そうであればこそ、歌というのは「生きるという仕事」のワークソングなのだからと。

思えば長田弘さんも、生きるという仕事につとめた方である。ディランに感じたという「見えない優しさ」は長田さんにもあった。『幼年の色、人生の色』に自ら選ばれたどのエッセーからも、その優しさが伝わってくる。

(編集部・尾方邦雄)




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