みすず書房

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濱田武士『漁業と震災』

「漁民は自然と向き合い、危険が伴う海という場で、自然に畏敬の念を抱きながら、漁村で働き、暮らしてきた。漁村やそれを取り巻く地域社会の復興は本当にありうるのか。復興のミスリードが行われていないだろうか。もともと利害が複雑にからみ合い、微妙なバランスで維持されてきた漁民社会に亀裂が生じることはないのか。震災から2年が過ぎようとしている現在でも、そのような危機感は払拭されていない」
(「はじめに」より)

海まで3分の家に育った。小学生のころ、世の中で一番おいしい食べ物は、ハマグリの網焼きだと思っていた。
貝がくちを開いたところでしょう油をたらすとジューっという。焼きすぎないうちに食べる。当時、相模湾のハマグリは大粒なことで有名だったが、今ではほとんど獲れなくなった。
生しらすは「強い」からと言われ、そのまま食べるのは数口だった。そのかわり母は、山ほどの天ぷらにしてくれた。
中学校の校舎二階の教室の窓からは、一面の海しか見えなかった。教室と水平線が並行しているのである。
同級生の男子は大人にまじって地元の「浜降祭(はまおりさい)」の神輿(みこし)のかつぎ手であり、祭りが近づくと、教室が神輿のかけ声のリズムで浮き立ち、授業どころではなかった。

原発災害で福島から避難生活をしている漁師さんは、「自分の浜」に戻りたいという。漁ができればどこでもよいのではない、知りなれたあの海に戻りたいと。浦ごとに漁船の仕様を変えるというくらい、日本の海は多様で豊かなのだ。

漁協を中心にした共同体が生きている岩手県の海岸には、発電所が一基もない。
アラスカ産のタラ、韓国産のコンブ、オーストラリア産のネギ、遺伝子組換え大豆のとうふで作る「たら鍋」を食べたいか。
浜を取り巻く巨大な防潮堤を建造して、海が見えなくなった町からは、魚も人も次第に遠のくのではないか。
「漁業再生」は人ごとではないのである。

《本書の読みどころ》
  • ■三陸・常磐の漁業の歴史や特徴を紹介。豊富な統計資料・図表・写真とともに東日本大震災の被害状況や経過、復興の歩みをえがく。
  • ■漁村、漁港都市の成り立ち、地域間の関係から水産業の地理的特徴を解説し、都市と漁村の関係の在り方を考える。
  • ■「食糧基地構想」「水産特区」TPPなど、行政が打ちだした改革論の問題点をわかりやすく提示。
  • ■原発災害に苦しむ常磐地域の漁業の姿を追い、社会災害の本質について論じる。
  • ■地産地消、漁船や養殖施設の共同使用、漁場輪番制、漁法開発、漁業者と流通業者の連携など、さまざまな現場の取り組みを紹介。
  • ■西欧諸国で導入が進む漁獲割当制度や欧米のエコロジー思想は日本漁業を救うのか。世界のなかの日本漁業の未来を展望する。
  • ■日本で最も協同組合らしい組織といわれる漁協。いま、「協同」の力を見直す。

* 既刊より

佐々木幹郎『瓦礫の下から唄が聴こえる』
  • [2012年11月刊]
  • 「わたしたちは何に試されているのか。過去から、未来からだ」。3・11以後の日常において表現はいかなるものであるべきか。萩原朔太郎賞受賞詩人の思索と旅。
ヨアヒム・ラートカウ『ドイツ反原発運動小史』
海老根剛・森田直子訳
  • [2012年11月刊]
  • なぜドイツで成功したのか。環境史の第一人者が40年の歩みを徹底検証。日本の読者へのメッセージ「あれから一年、フクシマを考える」所収。
五十嵐太郎『被災地を歩きながら考えたこと』
  • [2011年11月刊]
  • 復興はいかにあるべきか。津波の記憶はどう残すべきか。震災後半年の推移と展望を綴った渾身のルポルタージュ。
山本義隆『福島の原発事故をめぐって』
  • [2011年8月刊]
  • 私は反対する。一刻も早く原発依存社会から脱却すべきである。原発ファシズムの全貌を追い、容認は子孫への犯罪と説く書き下ろし。

中井久夫『復興の道なかばで』
  • [2011年5月刊]
  • 長びく避難所生活、仮設住宅やボランティアのあり方、周辺地域の問題……こころのケアの今後は?
中井久夫『災害がほんとうに襲った時』
  • [2011年4月刊]
  • 歴史に学ぶ・「神戸」から考える。精神科医が関与観察した阪神淡路大震災50日間の記録。


岩手県田老漁港の岸壁と共同利用施設


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