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2019.07.12トピックス

『中井久夫集 11 患者と医師と薬のヒポクラテス的出会い』 最相葉月「解説 11」より

[第11回配本・全巻完結]

第11巻『患者と医師と薬のヒポクラテス的出会い 2009-2012』をもちまして、『中井久夫集』全巻完結です。
全巻に、ノンフィクションライター最相葉月(著書に、中井久夫と河合隼雄に焦点をあてた『セラピスト』(新潮社)ほか多数)の見事な「解説」付。

解説 11

最相葉月

中井久夫はよく絵を描き、人にプレゼントした。神戸大学では、新入局員の歓迎会で研修医一人ひとりの名前を添えた風景画を描いたこともある。精神科は医師の中でも自死が多い部門といわれる。自局から犠牲者を出さないよう、研修医たちを引きたてる意図があったのではないかと、絵を贈られた胡桃澤伸は回想している(中井久夫監修・解説『中井久夫と考える患者シリーズ4 統合失調症と暮らす』ラグーナ出版・2018)。

頼まれれば、挿し絵も描いた。土居健郎が主宰する事例研究会「土居ゼミ」以来の友人である心理療法家の村瀬嘉代子が、自らの生い立ちを振り返りつつ日々の臨床での想いをつづった『柔らかなこころ、静かな想い――心理臨床を支えるもの』(創元社・2000)や、神戸大学医学部精神科の“実務研究員”として中井のもとで学んだ家裁調査官、藤川洋子の『わたしは家裁調査官』(日本評論社・1996)のように、「挿画・中井久夫」というクレジットで紹介されている書籍もある。

村瀬と藤川の共通点は、家庭裁判所で少年事件や家事事件の審判に携わってきたことである。藤川の本はとくに少年犯罪について書かれたものであるため、「内容が内容だから、ちょっと中和する必要があるだろう」と中井から提案があっての登場だったという。いずれも細いタッチのペン画で、花やコーヒーカップのような静物もあれば、操業中の漁船や草原を走るチンチン電車のように動きの感じられる懐かしい風景もある。困難な仕事に従事してきた二人への共感と労(ねぎらい)の気持ちが込められた、控えめで優しい絵ばかりだ。

筆者の手元にある中井の絵はそれらとは趣きが異なる。そもそも作品ではなく、拙著『セラピスト』(新潮社・2014)で絵画療法について取材した際、カウンセラー役とクライエント役をそれぞれ体験してみてはどうかという中井の提案によって、筆者をカウンセラー役として描かれたものである。画用紙に一本の木を描いた「樹木画」、自由に線で仕切ってクレヨンで色を塗る「分割彩色法」、中井が考案した「風景構成法」による絵もある。一人で描く絵と面接の場で描かれた絵は「独りごとと会話が違うように別物である」(「非言語的アプローチの活かし方」)とあるように、あの日、あの時間、疑似とはいえ面接の空間でなければ生まれなかったであろう絵であり、絵を介さなくては語られなかっただろう自らの来し方や病のこと、老いへの想いなどが語られた。

絵画療法による絵が作品とは「別物」であることをより強く認識させられたのは、枠の中に縦横無尽になぐり描きし、色を塗って仕上げる「なぐり描き法」を行ったときである。画用紙の左側からスタートした中井のサインペンは、円を描いたかと思うと急勾配の山のように大きくカーブし、カーブは途中から直線となり、ぎざぎざとなり、再び描き始めた地点に戻ってもう一度大きくカーブして終わった。この間、わずか十数秒である。

「頭巾を被った人がなんか、指を差している」「ということは、このあたりが顔ですか」「このへんがね」「ああ」「変なものが出てくるなあ……、原子炉と関係あるんかなあ」。

色が塗られていくうちに、現れたものに息をのんだ。原発事故処理班のような防護服に身を包んだ大きな目をもつ生命体が前方を指さしている。その腕と並行するようにへびが舌を出し、長い首を突き出している。ふだんの中井の絵を知る人間には想像もつかない、不気味さと攻撃性を孕んでいた。

「変なもん出てきちゃったなあ」「この右手の指は、何を指しているのでしょうねえ」「さあ。へびとメガネと酸素タンクと、指か」「この水色の楕円形はメガネなんですね。防護服の人はメガネを通してその先を見ている。うしろに背負っているのは、これは酸素のタンクでしょうか」「そうですね。このメガネというか、水色のガラスのあたりからへびが出てきてるんですね。はあ、これはこれは……」

東日本大震災から間もない、2011年3月16日のことである。筆者が中井家を訪ねたとき、テレビは福島第一原子力発電所の事故を報じていた。取材の際はテレビを消したが、この国でのっぴきならないことが起きていることは頭から消せないでいた。続いて行った、枠のない紙を用いたなぐり描きでは、一面にゆらゆらと広がる水面が描かれた。

あらかじめ予定されていた日時だったとはいえ、物品の買い占めや避難騒ぎが続く東京からやってきたばかりの筆者も平常心とはいえない。阪神・淡路大震災の記憶に踏み入るのは本意ではなかったが、中井が長年手掛けてきた絵画療法は、はしなくも中井の時計を被災地に、そして、16年前の冬に巻き戻していくようだった。

シリーズ最終巻となる『中井久夫集11』には、2009年5月から2012年9月に発表された文章が収録されている。軽い脳梗塞による体調不良も重なって、2002年のNPO法人設立から理事長を務めてきた現・公益財団法人ひょうご被害者支援センターも顧問職に退き、定期的な会合に出席することもなくなっていた。好きなときに好きなことを書いて限られた親しい編集者に送る、というスタイルで執筆したものが中心である。〔…〕

(copyright Saisho Hazuki 2019)




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