2015.04.23
L・ヴァン・デル・ポスト『ある国にて』
南アフリカ物語 戸田章子訳 〈文学シリーズ lettres〉
2015.04.23
「訳者あとがき」より
戸田章子
ローレンス・ヴァン・デル・ポスト(1906-1996)は、南アフリカに生まれ、イギリス国籍を取得した。日本では、映画『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督作品、1983)の原作者として知られている。ちなみに原作A Bar of Shadowは『影の獄にて』というタイトルで邦訳されている。
『ある国にて――南アフリカ物語』は彼の最初の長編小説である。1930年代の南アフリカを舞台に、やがて合法化され制度化へと進むアパルトヘイトに抗議した最初の作品である。本書はその後著者が提示する問題や展開するテーマが凝縮されている。すなわち、異文化間の対立はすべて、ラディカルな社会制度の改革のみによってではなく、個人の良心と道徳性によって解決をもたらせるという姿勢である。
1934年の刊行後、いちはやくハーバート・リード、エルンスト・ローベルト・クルティウスなどの著名な批評家にとりあげられ、スティーブン・スペンダー、セシル・デイ・ルイス、W・H・オーデンなど、より若い世代の作家たちの注目を浴びた。
物語は白人の青年ヨハン・ファン・ブレーデプールと、先住民の少年ケノンとの交流とその悲劇的結末を軸に展開する。小説は主人公ヨハンの療養中のシーンで幕開けする(…〔そして第二章で、物語はヨハンの幼年時代に戻る〕)。叔父の農場を出てポートベンジャミンにやってきたファン・ブレーデプールは、下宿屋の下働きのケノンに出会う。ファン・ブレーデプールはケノンの純真さと、彼のふるまいや語りに息づいている部族の伝統と誇りに魅了される。だが、日を追ってケノンは安っぽい映画や売春宿の生活に酔いしれるようになり、あるとき先住民と白人の喧嘩に巻き込まれ、六カ月間投獄される。この事件をきっかけに、ファン・ブレーデプールは人種問題を深く認識するようになる。
一方で、コミュニストのバージェスと知り合うが、彼の革命主義はファン・ブレーデプールには「憎しみを武器に憎しみと闘えば、さらに憎しみを生む」ものであり、「有色人種にたいする偏見を打倒しているつもりが、実は白人にたいする偏見で置き換えているにすぎない」と映り、受け入れることができない。
他方、ファン・ブレーデプールは、先住民のケノンに同情する異端者として白人社会からは白眼視される。ケノンは服役を繰り返し、ついにハッシッシの常習者となる。バージェスの組織した政治集会で暴動を引き起こしたケノンは、自らその暴動に斃れる。主人公は警察の捜査の手からバージェスを逃そうとするが、もはや身の危険は避けられないものとなる……。
(…)
本書は人種差別に抗議する小説であると同時に、文化も人種も異なる二人の男が互いに理解しようとして果たせない物語でもある。(…)90歳の生涯を閉じたヴァン・デル・ポスト卿は、死の直前、「全体としての人生の価値は愛である。その愛のためにいくばくかの奉仕をした者として、人々に記憶されるなら本望だ」と語っている。
copyright Toda Akiko 2015
(訳者のご同意を得て抜粋掲載しています)
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