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2016.07.29トピックス

精神医学の総体を理解するために

エドワード・ショーター『精神医学歴史事典』 江口重幸・大前晋監訳

下地明友・熊﨑努・堀有伸・伊藤新・秋久長夫訳

事典であるから(といっても、「読む」事典ともいうべきだが)、内容の要約やエピソードは書けない。ここでは本書の感じをつかんでいただくため、二、三の情報を提供する。

  • 1 本書の「はじめに」の最後のほうにある「配列」という見出しの箇所で、著者エドワード・ショーターは書いている。
  • 「この『事典』の配列は、主要項目はアルファベット順〔日本語版は五十音順〕に、下位項目は年代順になされている。読者は、精神医学における主要な歴史的人物の所在を、アルファベットの配列で見出すことができるが、たとえば神経画像(ニューロイメージング)や精神療法のような診断概念や診断手続きの発展については、年代順に理解することができるだろう。たとえば、主要概念としてのうつ病(depression)は、長い年月を超えて、神経症的抑うつ、大うつ病、精神病性うつ病等の用語によって展開し、「うつ病」の見出し項目では、これらの変化の簡単に利用できる概略を提示している。すべての概念、施設、個人、診断名は巻末の索引に含まれていて、相互参照を多用することで、読者は、たとえば「うつ病」と「メランコリー」の間を、あるいは「ウィーン」とその街を中心にした数多くの個々の精神科医との間を、縦横に行き来することができる。事典としては例外的であるが、重要な貢献が示された学術雑誌について記載し、そこからの引用の頁番号について示しているが、引用の全体的な組織だった学術的引用はしていない。さいごに、ボールド体〔日本語版ではゴチック体および太明朝体〕を多用することで、読者に主要項目を示そうとした。」
  • 2 次に、大項目は、たとえば次のように記載されている。
  • アンヘドニア ANHEDONIA〔快楽消失〕(1896年および以後)  喜びへの関心の喪失は抑うつ症状の一つとつねに見なされてきたが、1896年になってようやく、パリ大学の実験心理学教授テオデュール=アルマン・リボー(Théodule-Armand Ribot 1839-1916)が『感情の心理学 La Psychologie des Sentiments』において「喜びにのみ関連した無感覚」を意味する「アネドニーanhédonie」(p. 53)という用語を造り出した。しかしこのリボーの新造語は直接的な影響を及ぼすことはほとんどなかった。
    アンヘドニア(という概念)はドイツ精神病理学界の思潮に流れ込み、たとえばカール・ヤスパースが1913年に「もはや何の感情もないという感情das Gefühl, man habe keine Gefühl mehr」という表現を用いた。「その患者たちは喜びも苦痛も体験できないと訴える」(『精神病理学総論 Allgemeine Psychopathologie』p. 67)。1922年、ボストンの精神科医エイブラハム・マイヤーソン(Abraham Myerson 1881-1948)は『米国精神医学雑誌 American Journal of Psychiatry』において、喜びを感じるはずのことすべてに対する興味の喪失に加えて「エネルギー感覚の消失」を意味するもの、つまり「人生そのものが欲望と満足を失っている」(p. 91)こととしてアンヘドニアを定義した。マイヤーソンのこのより広い定義はアメリカの精神医学的著述における標準的定義となった(当時、統合失調症には感覚がないという考え方が浸透していて、これも同じく「アンヘドニア」と呼ばれることがあった)。
  • 3 最後に、この事典の特色を箇条書きでしるす。
  • ■ 概念も診断も混乱している今日の精神医学を見据え、精神医学総体の歴史的な流れを各項目ごとにわかりやすく記述した
  • ■ 診断の発達や精神薬理学など、現在の医学に関心の高いテーマに重点をおいた
  • ■ カテゴリーや時代・地域を越えて関連する211の大項目を五十音順に配列
  • ■ うつ病、精神療法、統合失調症、認知症などのキー概念は、それらの発展を年代順に詳細にたどった
  • ■ 「幻覚」「身体表現性障害」など大項目に含まれない57項目は、五十音の該当箇所に項目名をしるし、関連項目への参照を指示した
  • ■ 巻末には大項目に含まれない人物・概念など1347項目の索引を付けた。検索に便利
  • ■ 巻頭に全体を見渡せる大項目の目次付

以上。精神医学に何らかのかたちで関わる多くの方々はむろん、著者ショーターも言っているように、「現在よく知られた概念の由来を知りたいと思う一般の読者」にも、是非読んでいただければと思う。




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